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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)706号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

昭和五五年二月九日午後二時頃京都市北区鷹峯黒門町二三番地の三六(乙土地)被告比賀貞治郎方玄関前駐車場で政次禎宏(昭和四九年一二月二八日生。当時五才。)が遊び仲間二人と一緒に遊ぶうち禎宏が駐車場に駐車してあつた乗用車(中島郁夫所有)とその西側のブロック塀との間に入り他の一人が西側隣地(同所同番地の三四、三五(甲土地)被告鎌田方)空地側から右ブロック塀を押して遊んでいたところ崩れ落ちてきたブロック片と右車とに挾まれて負傷し、その結果同日午後二時三五分頃京都市北区紫野雲林院町一七番地済生会京都府病院で背椎損傷により死亡するに至つた。

右事故現場付近は、一戸建の住宅街で幅員約4.55メートルの舗装道路に宅地が接し、道路に接する宅地表側から奥行五ないし六メートルは空地(駐車場)となつていてその奥に木造二階建が並び、各戸の表側空地の隣地相互境界線上をコンクリートブロック塀により仕切つている。表道路と各宅地との境界線はL字型の幾分段差がある側溝によつて明確に仕切られているが棚その他の障壁はなく地続きとなつていて側溝を越えて表側空地への自動車の出し入れが容易であるばかりでなく第三者も容易に立入りうる状況にある。

甲地と乙地間の境界ブロック塀は南北に九列五段積み(一個のブロックの幅四〇センチメートル、高さ19.5センチメートル、厚さ一〇センチメートル但し、南奥側で地表面を盛上げてあるため奥六列は四段が地上に出ているにすぎない。)になつていてその上部に屋根形のブロック(一個の幅一五センチメートル、長さ四〇センチメートル、高さ中央で六センチメートル、両端で五センチメートル)が一段積まれており(この笠木部分を含む高さは表道路に近い北端の最も高いところで地上1.06メートルである。)ブロック内部には鉄筋は使用されておらず、モルタルで接着されていた。

右ブロック塀は昭和四五年一月頃被告大丸屋住宅により築造され同年五、六月頃乙土地(前同所二三番地の三六。間口約二間。)とその地上建物を訴外安威城一、同安威正明に、その西隣の甲土地(同所二三番の三四、三五。間口約一間半。)とその地上建物を石崎数太郎及び被告鎌田にそれぞれ売却し、その際同人らに右ブロック塀を譲渡し(同人らの共有)、昭和四九年三月二五日頃右安威両名は被告比賀に対し乙土地とその地上建物及び右ブロック塀の持分を転売して譲渡した。本件事故当時本件ブロック塀は被告比賀及び同鎌田により共同で占有管理されていた。もつとも、被告比賀方は同人の娘が週一、二回、同被告自身が月一、二回使用する程度であつた。

本件ブロック塀は事故発生のかなり以前から手で押すとぐらつく不安定な状態になつており、被告らはこれに気付いていなかつたが、被害者禎宏とその遊び友達は以前からこれを知つており、禎宏の父母である原告らもこれを他から聞知していた。

以上の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、本件ブロック塀は表道路から容易に立入りできる場所にあり事故当時倒壊する危険性があつたのであり被告比賀及び同鎌田はその共同占有者として平素からこれの安全性を碓かめて危険発生を回避すべき管理責任があり同被告らは容易に危険な状態にあることを知りえたのにかかわらずこれに気付かず放置してその結果本件事故が発生したのであるからこれによつて発生した損害を賠償すべき責任がある。 (吉田秀文)

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